これまであった股関節を、人工のものに置き換える手術
人工股関節置換術とは、文字通り、股関節の一部を人工のものに置き換える手術を人工股関節置換術といいます。
股関節とは、太腿の付け根にある大きな関節のことで、胴体と下肢の継ぎ目として重要な役割を果たしています。
しかし、加齢などが原因で股関節の軟骨や骨がすりへったり、傷ついたりすると、股関節の動きが悪くなり、歩くときに痛みが生じたり、歩行困難になったりします。
そうしたときに、治療法のひとつとして考えられるのが人工股関節置換術です。
かつては、人工股関節の品質に課題があり、人工股関節置換術を行ってもあまり長持ちせず、数年で入れ替えなければならないということもありました。
しかし最近では、人工股関節の品質が上がり、高齢者であれば一生、入れ替えなくても長持ちするほどにまでクオリティが高まりました。また、術式も進化してきたことにより、最近では特に高齢者において人工股関節置換術の症例が増えています。
人工股関節置換術の対象となる疾患
人工股関節置換術の対象となる疾患には、どのようなものがあるのでしょうか。一例を挙げてみます。
変形性股関節症
股関節は、大腿骨側にある丸い骨頭が、骨盤側にある寛骨臼にすっぽり入るようにしてできています。
いってみれば、大腿骨側にあるボールが、骨盤側にあるソケットにはまるような仕組みです。
両方の骨の間は軟骨に覆われており、この軟骨があるために股関節の滑らかな動きが実現されています。
しかし、加齢とともにこの軟骨がすり減り、関節が炎症反応を起こしてしまいます。
そのため股関節周辺に痛みが生じたり、歩行が困難になったりします。
この状態を変形性股関節症といい、40〜50歳代の女性に多く発症するといわれています。
大体骨頭壊死症
大腿骨頭において血流がとまり、部分的に骨頭の細胞が壊死してしまう病気のことを、大腿骨頭壊死症といいます。
はじめは痛みがありませんが、やがて、細胞が壊死した部分の骨が変形していき、痛みや歩行障害が起こります。
骨頭の血流がとまる理由はまだ解明されておらず、男性ではアルコールの飲み過ぎ、女性では他の疾患の治療でのステロイド使用歴が関係しているのではないかと考えられています。
関節リウマチ
免疫機能が異常を起こし、体内の正常組織を傷害する自己抗体が産生されることによって起きる疾患のことを関節リウマチといいます。
手、指、肘、膝、股関節など全身のさまざまな関節で発症し、痛みや腫れなどを引き起こします。
特に、膝や股関節などの下肢で関節リウマチが起きると、痛みのために歩行困難の状態になります。
そのほか、股関節脱臼や股関節骨折による後遺症、感染や骨折後の下肢関節変形などでも人工股関節置換術が行われることがあります。
人工股関節置換術のメリットとデメリット
人工股関節置換術には、どのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。まとめて見てみましょう。
メリット
股関節の痛みを緩和することができる
傷んでいる関節を、神経のない人工のものに置き換えることで痛みから解放されるということが最大のメリット。
これまで痛みのために制限されていた活動を自由に行うことができるようになり、QOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)も向上する
股関節の可動域が広がる
手術後に股関節の可動域が広がり、最適化される。
ただし、股関節の可動域は手術前の関節の状況や、リハビリの内容によって、回復できる範囲には個人差がある。
そのため、手術後は医師の指示に従い、退院後もリハビリを続けることが必要
他の術式に比べてリハビリ期間が短い
人工股関節置換術の術式は近年、非常に進化しており、低侵襲で行うことが可能になった。
そのため、手術におけるダメージが少なく、一般的に術後の回復が早い。
早ければ手術当日から歩行訓練を始めることも可能
脚の長さがそろう
変形性股関節症の場合、軟骨がすり減ったり、関節が歪んだりすることで左右の脚の長さに違いが出ることが多い。
だが、人工股関節に置き換えることで両脚の長さがそろい、最大3cm程度脚が長くなることもある
デメリット
合併症のリスクがある
人工股関節置換術に限らず、通常の外科手術には合併症のリスクがあり、徹底した感染対策が必要になる
長期的に経過観察しなければならない
場合によっては関節に緩みが生じたり、破損したりする場合もある。
その場合には再置換術が必要になることも。
人工股関節が正常に機能しているか、緩みや破損を起こしていないかなど、定期的に通院して検診を受ける必要がある。
糖尿病の人、心肺機能が低下している人などは手術適応外になることもある
糖尿病があると全身の免疫機能が低下しているため、術後に感染症を発症するリスクが高くなる。
そのため一般的には、血糖値の目安であるHbA1cの数値が7.5以上の人は人工股関節置換術を受けることができない。
また、心肺機能が低下しているなど、全身の状態が落ちている人も、全身麻酔に耐えられないことが多いため、手術適応外となる可能性が高い。
人工股関節置換術の流れ
人工関節は通常、4つの部位に分けられます。
- 大腿骨に挿入する「ステム」
- 骨盤のくぼみ(寛骨臼)にはめ込む「カップ」
- カップの内側にあり軟骨の役割をする「ライナー」
- 骨盤側の受け皿にすっぽりはまる「骨頭」
人工股関節はこれら4つの部位で構成されており、カップの内側には、軟骨の代わりをするライナーをはめこみます。
つまり、骨頭ボールがライナーにすっぽりはまることで、滑らかな股関節の動きが再現できるという仕組みです。
なお、股関節をすべて人工のものに置き換えることから、「人工股関節全置換術(THA ; Total Hip Arthroplasty)」とも呼ばれます
(1)レントゲンやCTなどの検査により、損傷のある股関節の部位を確定する
(2)全身麻酔をかけ、骨の損傷部分をすべて取り除く。場合によっては硬膜外麻酔を使用し、痛みを緩和する
(3)取り除いた部分に人工関節を固定する。手術時間は症例にもよるが、90〜120分が目安となる
手術のリスク
手術によるリスクには、どのようなものがあるのでしょうか。代表的なリスクをあげてみます。
感染症
手術中、関節に細菌が侵入することで炎症が発生する。
特に、人工関節の手術によって起きる感染症は、人工物であるため細菌に対する防御反応が働きにくく、難治性のものが多いとされている。
感染し、化膿すると場合によっては再手術が必要になることもあり、その後の治療も長引く。発生の確率は1%程度。
深部静脈血栓症、肺血栓症
手術の際、人間の体は自己防御反応として血液が固まりやすい状態になっている。
また、手術中や手術後は下肢をそれほど動かすことができないので、自然と下肢の血流が滞ってしまい、下肢の静脈内に血液の塊(血栓)ができることがある。
これが血流に乗って肺まで到達すると肺でつまり、肺でのガス交換が正常に行われなくなって死に至ることも。
通常、弾性ストッキング、圧迫ポンプ、血液を固まりにくくする薬などを使って対処する。発生の確率は数%程度。
術後の経過とリハビリについて
手術を終えたあとは、どのようなことに注意してリハビリを行えば良いのでしょう。
スムーズな回復をめざすとともに、人工股関節の寿命を長くするために気をつけるべきことをあげてみます。
脱臼
人工関節がまだ安定していない状況で激しい運動などを行うと、脱臼するリスクがある。
特に脱臼が発生しやすいのは、術後3か月以内。その時期はじっくりリハビリに取り組み、無理をしないことが大切。
ゆるみ、摩耗
術後、徐々に骨との接合部にゆるみがおこる可能性がある。
一旦ゆるみが生じると、土台の骨が徐々に壊れてしまうため、そのような状態になる前に人工関節の再置換を行う必要がある。
また、時間の経過とともに関節は摩耗していくため、定期的な検診が必要。
転倒や骨粗鬆症による骨折
骨粗鬆症になると、人工股関節を支えている骨がもろくなり、ちょっとした衝撃でも骨折してしまうことがある。
そうなると人工股関節を一旦抜去し、再置換術を行わなければならない。
また、転倒も骨折のリスクを高める。
骨粗鬆症を予防するとともに、日常的に下肢の筋肉を鍛え、転倒予防に努めることが大切。
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この記事の監修医師
人工股関節の手術を検討しているなら、信頼のおける専門医へ
人工股関節の手術には、さまざまな術式がある上、医師の技量によってもその後のQOL(生活の質)が変わってきます。
体への負担が少なく、痛みがなかったころのような元通りの生活に戻るには、術前術後のリハビリを頑張ることはもちろんですが、確かな技術のある医師に執刀してもらうことが重要です。
人工股関節の手術を熟知した、信頼できる専門医のもとで治療を受けることで、その後の人生を快適なものにしていきましょう。